仕込みの哲学②|味の重なりと引き算

料理の味は、足し算ではなく引き算で完成する。 出汁がしっかりしていれば、調味料は最小限でいい。 醤油が整っていれば、他の味を邪魔しない。 それぞれの要素が支え合うことで、全体が静かに整っていく。

僕が意識しているのは、「味の相互関係」。 出汁、醤油、酢、塩、味醂――どれかひとつが突出すれば、全体の輪郭が崩れる。 逆にひとつがしっかりしていれば、他は控えめでも成り立つ。 味を作るというより、味を整えるという感覚に近い。

たとえば、出汁が深ければ、それだけで料理は成立する。 昆布と鰹の旨味が交わり、素材の輪郭を浮かび上がらせる。 その出汁が強ければ、醤油はほんの一滴で十分。 調味料は味を「足す」ものではなく、出汁の輪郭を「引き出す」ための道具にすぎない。

同じように、醤油が整っていれば、塩や味醂も控えめでいい。 醤油が味の“軸”として働くことで、他の要素が落ち着く。 だから、料理全体のバランスは「どの調味料が主張するか」ではなく、 どの調味料が他を支えているかで決まる。

料理とは、調和の芸術だと思う。 強い味をぶつけ合うのではなく、引き算の中でお互いを活かす。 出汁が静かに支え、醤油が骨格をつくり、塩が余韻を引き締める。 それぞれの役割を理解し、必要以上に“手を出さない”ことが、職人の矜持だ。

僕にとって味づくりは、設計というより“呼吸”に近い。 季節、素材、湿度、温度。 その日の空気と会話しながら、味を整えていく。 「ちょうどいい」と感じる瞬間は、数字でも理屈でもなく、感覚の中にしかない。 それが職人の世界で言う「勘」であり、「流れ」だと思う。

出汁と醤油の関係のように、 料理も人も、どこかでお互いを補い合って生きている。 誰かが整っていれば、誰かが余計に動かなくていい。 その調和がある限り、味も人間関係も、静かに美しく続いていく。


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