お出汁がしっかりしていれば、調味料は少なくていい。 醤油が整っていれば、砂糖も味醂もいらない。 寿司も同じで、赤酢が整っていれば、他の味を足す必要がない。
料理は“引き算の美学”で成り立っている。 酸が強ければ塩が支え、塩が強ければ酸が包む。 お互いを打ち消すのではなく、支え合いながら旨味を立ち上げる関係にある。 僕にとってそれは、味というよりも、ひとつの呼吸のようなものだ。
合わせ酢を作る時、僕はいつも味を「整える」というよりも、 「落とし込む」ように作る。 足りないものを足すんじゃなくて、 余分なものを削っていった先に、ようやく“今日の味”が見えてくる。 その日の気温、米の水分、魚の脂。 すべてが繊細に関係していて、どれか一つが狂うと、全体の輪郭が崩れる。
赤酢を使う日は、空気が少し湿っているときが多い。 その湿度が、酸の角をやわらげてくれる。 逆に乾いた日は、塩をほんの少し多めに。 同じ配合でも、同じ味にはならない。 だからこそ、“調味”ではなく“対話”が必要なんだと思う。
酸と塩。 それはまるで、職人と素材の関係に似ている。 どちらかが主張しすぎても、料理は壊れる。 互いを尊重し、寄り添いながら、ひとつの味にたどり着く。 その静かな均衡こそが、僕の理想の寿司だ。
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次回「仕込みの哲学③」では、包丁を研ぐという祈りについて書いていきます。 職人にとって“研ぐ”とは、切るためではなく“整える”行為なのです。

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